2020年8月21日、Bonhams(ボナムス)が香港で開催したオークションで、世界で初めて出品された『山崎55年』が500万香港ドル(約6,800万円, 当日の為替レート仲値で換算)で落札されました。もちろん、ジャパニーズ・ウイスキーの最高金額です。
今回の場合、落札者には落札価格(ハンマープライス)に対して24%の落札者手数料(Buyer's Premium)が上乗せされるので、落札者が実際に支払う金額は合計620万香港ドル(約8,456万円)になります。こちらの金額がニュースになっていますね。
山崎 Yamazaki-55 year old - Bonhams
これまでのジャパニーズ・ウイスキーの最高落札価格は『山崎50年(2005年発売分)』の約4,700万円(落札手数料込)で、2019年5月13日に台湾のRavenel Taipeiというオークションハウスに出品されたものでした。このことから、今回の『山崎55年』はジャパニーズ・ウイスキー史上最高値での落札だったことが分かります。過去最高の落札金額に対し1.7倍の値段が付いたわけですね。『山崎55年』は税込330万円の定価から2か月弱で25倍にもなりました。
ウイスキーの世界を知らない人には驚愕の値段だと思われますが、今回出品された『山崎55年』の現物についての記事も書いているので、どのような商品なのか興味がある方はそちらの記事も読んでみてください。ちなみに、今回の出品はミズナラ材の専用箱とボトル(700ml)のみで、ミニチュアボトルやフォトブックなどの付属品は対象外だったようです。
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ということで、今回はサントリーが転売対策で色々と牽制していた『山崎55年』について、この不届きな出品者(転売ヤー)が「一体いくら手取りで儲けたのか?」について考察したいと思います。この「濡れ手に粟」のような話に興味ある人も多いのではないでしょうか。
出品者が手にすると思われる転売益(予想)
まず最初に結論ですが、今回の約8,500万円で落札された『山崎55年』から得られたと思われる利益は「5,400万~6,100万円」だと思われます。落札者の支払金額から2400-3100万円近く乖離しています。
実際には上記の金額から運送料・保険料・カタログ掲載料などの諸経費を差し引きますが、今回は母数となる金額が大きいこともあり諸経費は誤差の範囲と考えて良いでしょう(保険料は「落札価格の1%」のような値決めもあるので、金額的には小さくもないかも知れません)。もちろん、諸経費は今回の『山崎55年』でなくても、海外オークションへの出品では発生するものです。
報道されている落札金額に関する注意
今回のオークションは「8,500万円で落札」というセンセーショナルな話が先行していますが、出品者が入札した実際の落札金額(ハンマープライス)は500万香港ドル(約6,820万円)です。
ここにオークションハウスの取り分となるBuyer's Premium(バイヤーズプレミアム, 落札手数料)が上乗せされ、落札者が『山崎55年』を手に入れるために最終的に必要な総額が決まります。そして、今回のオークションのBuyer's Premiumは「24%」です。
Buyer's Premium for this auction is 24% of the hammer price.
これはあくまで今回設定されていたプレミアムで、同じ回のオークションに出ていた全てのウイスキーも同じ"相場"です。この料率はカテゴリによって異なり、自動車のように8%くらいの低料率に設定されているカテゴリも存在します。
また、単純に「手数料24%」と聞くとボッタクリのようにも聞こえますが、これは古くからある伝統的なルールのため、海外オークションハウスのオークション参加者も理解したうえで入札をしています。落札者はBuyer's Premiumも考慮したうえで、自分が入札できる限界を計算しているということですね。
さらに、オークション開催地によっては、このHummer PriceやBuyer's Premiumに対してVAT(付加価値税)などの税金が発生します。香港の場合、一律5%のGST(Goods and services tax)が存在します。
庶民には高すぎると感じるであろうBuyer's Premiumですが、これは2019年2月にSotheby's・Christie’s・Phillipsが値上げし、同年3月には今回の舞台となったBonhamsも一部のカテゴリを値上げして現在の料率に至っています。
Bonhams introduces 27.5% premium threshold to "reflect the cost of bringing objects to global auctions” - Antiques Trade Gazette(英語)
Bonhamsの他のオークションを見ていると、ベースは上記の金額帯により変動する料率が採用されており、今回のウイスキーを含む"Wine & Whisky"というカテゴリーはベースの対象外となっているようでした。
ということで、報道されている"落札金額"と言うのはオークションハウスの取り分が乗った金額のため、出品者の利益を考えるうえでは「ハンマープライスの500万香港ドル(約6,820万円)」を基準に考える必要があります。
オークション出品者にかかる手数料など
出品者の手取りを計算するうえでハンマープライスの500万香港ドル(約6,820万円)を基準としたとき、次に出てくるのはSeller's Commissionと呼ばれる出品者手数料です。
ただ、出品者の手数料は画一的に定められているものではなく、どこのオークションハウスも「出品者と合意した料率」という書き方が一般的です。もちろん、今回のBonhamsにも存在しています。
Charges and commission to sellers
If your property sells at auction, you will receive a notification informing you of the hammer price - the winning bid for a lot at auction - that your item achieved. The money you receive – the net sale proceeds - will be based on the hammer price less our agreed seller’s commission and any agreed upon expenses, such as illustration or loss and damage warranty fee.
上記のようにサイトに具体的な料率は書かれていませんが、事前に合意したSeller's commission以外にもカタログ掲載料や損害保険料の費用が存在することが分かります。
落札金額1億円超を超えるオークションは2社で8割のシェアを複占しているSotheby's(サザビーズ)・Christie's(クリスティーズ)についても同様にSeller's commission(Vendor's commission)が設けられています。カタログ掲載料や配送コストなどの実費を除き、Buyer's Premiumと同じようにSeller's commissionもオークションハウスの取り分です。海外オークションハウスは落札者・出品者の双方から手数料を取る"両手"ということですね。
そして、気になるSeller's commissionの具体的な料率ですが、これは「契約当事者以外は分からない」というのが結論です。ここは想像の域を脱しないことになりますね。
アートの場合は落札額に対して平均10-15%の手数料率が適用されていて、さらにオークションハウスが出品して欲しいと考える商品であれば料率は下がるということです(他にも小さいオークションハウスは選んでもらうために料率を低くしている傾向があります)。
A Guide To Auction V Private Sale - MyArtBroker(英語)
ただし、今回のオークションは落札予想価格が58万~78万香港ドル(800万~1,000万円)だったので、それを超えた部分の金額には Seller's Commission が上乗せされている可能性もあります。これは「オークションハウスの頑張り」に対する料金として設定されることがあるものです。
ということで、出品者がオークションハウスから受け取る金額というのは、「ハンマープライスからSeller's Commissionを引いた金額」ということを理解しておきましょう。この料率が適用されるのはハンマープライスに対してなので、今回の8,400万円という最終価格(Final Price, Fixed Price)を基準に計算しないでください。
落札者の利益を推計すると
この記事中の日本円価格は、三菱UFJ銀行で採用されている仲値(TTM)で香港ドルを日本円に換算したものです。
2020年8月21日の為替相場 - 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
それでは、ここまで説明してきたハンマープライスや出品・落札の手数料を踏まえ、今回落札された『山崎55年』の転売による利益を計算してみましょう。
- 最終価格(ハンマープライス+落札者手数料)
8,456万円 - ハンマープライス
6,820万円
出品者の取り分はハンマープライスから出品者手数料を引いた分なので、その手数料率を推測してケースに分けると下記のような金額になります。
- 出品手数料 20% の場合は 5,456万円
- 出品手数料 15% の場合は 5,797万円
- 出品手数料 10% の場合は 6,138万円
『山崎55年』は今回のBonhamsオークションの目玉商品だったこともあり、Seller's Commissionは低く設定されている可能性はあります。ニュースになっている8,000万円超の落札金額からすると手取りは少なく感じますが、これが「オークションハウスに出品する」ということだと理解してください。
もちろん、ここから『山崎55年』を購入する際に支払った仕入原価(税込330万円)を引いた金額が純利益です。個人で雑所得にする場合、この利益に対して所得税・住民税が課税されます(この単発取引だけで事業所得にすることは現実的でなく、これを含む事業としてお酒を売買する場合は酒類販売業免許が必要です)。
落札金額が相場に与える影響
二匹目のどじょうを狙って、今後は『山崎55年』のオークション出品が増える可能性もありそうですが、今回の落札金額が相場に与える影響についても触れておきましょう。
2020年8月21日に香港で開催されたBonhamsのオークションはインターネットで生中継され、会場以外にオンラインでも入札することが可能でした。以下はそれをリアルタイムで見て感じた所感です。
- Absentee(欠席者)の自動入札が3,000万円以上まで存在
- ハンマープライス直前の入札はSalesroom(会場参加者)からの入札
- 高価格帯になると入札スピードが落ちてジリジリ上げる展開
当日不参加による事前入札が3,000万円くらいまであったので、実はオークションが始まる前から「3,000万円以上での落札」は決まっていたわけですね。
また、最終的に落札したのはOnline(ネット入札)でしたが、落札直前の490万香港ドルまでオークショニア(司会者)が確認しながら会場の参加者が入札していたのが印象的でした。Onlineの場合は面白半分の競りやイタズラもありそうで心配していましたが、最後の最後の価格まで会場参加者が入札していたことで「リアルな需要がある」ことを意味していると思います。
既に国内買取業者も今回のオークション価格を参考に買取価格を大幅に上げてきています。買取業者に売却する場合はオークション出品者が得たであろう「5,400万~6,100万円」の金額が参考値です。最終的な買い手の前に国内買取業者のマージン・海外バイヤーのマージンがあり、これがオークションに出した場合のオークションハウスの取り分に該当します。
もし売却益を最大化したいのであれば、自分で最終消費者(飲む人・コレクター)を探すしかないということになります。これはウイスキーに限らず、全ての転売品に言えることですね。
『山崎55年』のオークション結果まとめ
それでは、最後にここまでの話をまとめておきます。
- 話題になっている8,456万円は最終価格(ハンマープライス+落札者手数料)
- 最後の入札金額であるハンマープライスは6,820万円
- ハンマープライスから10-15%程度の出品手数料を引いた金額が出品者の取り分
- 上記を踏まえて、出品者が受け取る金額は5,400万~6,100万円と推計
- 個人の場合は最大55%の所得税・住民税が課税(法人の場合は消費税を除き、事業全体の損益に対して約33%の税金)
これまでの『山崎50年』の落札実績がベースにあるとはいえ、『山崎55年』は販売から1ヶ月半程度で定価の25倍と言う異常な価格がつきました。もはや多くのコレクターも手が出ないレベルの投資商品になっていると感じますが、金融緩和による世界的な金余りの波もあり、インフレヘッジの「現物資産」としての投資対象としても価格は維持されるのではないかと思います。
これからの価格推移も楽しみですね。
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